インドの女性起業家の夢に火をつける

金融アクセス向上がもたらす、女性の小規模ビジネスによる雇用創出と国の経済発展

ヨギタ・パティダールは、インド中央部に位置するマディヤ・プラデシュ州の人里離れた村で自身が経営する縫製所へと通勤してくる女性たちを待ちながら、起業したてのころを思い返す。小さな始まりだったが、それで十分だった。

ヨギタ・パティダールは地元の金融サービスを提供する自助グループから融資を受け、ディシャ縫製所を立ち上げた。

ヨギタ・パティダールは地元の金融サービスを提供する自助グループから融資を受け、ディシャ縫製所を立ち上げた。

「結婚し、働きたいと思い始めた当初、夫からは家で家族の世話をして欲しいと反対されていた。でも、ほんの少しでも家計を助けたかったこともあり、母から1,300ルピー(16ドル)を借りて、腕輪を販売する小さなビジネスを始めた」とパティダールは回想する。

そうして小さく始めたビジネスだが、パティダールはより良い金融サービスを求め、地元の自助グループに加入した。やがて彼女は縫製所を開業し、事業展開のために自助グループから10,000ルピー(120ドル)を手始めに複数の融資を受けた。そして、借りた資金を毎回しっかりと返済した。その後、経験を積み重ねた彼女はさらなる野心を抱き始め、過去最高額となる合計180万ルピー(21,538ドル)の融資を銀行に申し込んだ。

この個人向け融資を元手にパティダールは事業を拡大し、いまや30人の女性を雇うようになった。現在は、オンラインマーケットプレイス事業者との提携も目指しており、ビジネスがうまく拡大すればさらに2つのビルを建て、約100人の女性を雇うことができるようになる。女性の20パーセント未満しか就労していない同州において、この数字が意味するところは大きい。 

パティダールのような女性起業家の起業や事業拡大を支援することによって、1億5,000万から1億7,000万もの雇用創出が見込まれる。

パティダールのような女性起業家の起業や事業拡大を支援することによって、1億5,000万から1億7,000万もの雇用創出が見込まれる。

2047年までに先進国になるというインドの目標の実現は、パティダールのような女性起業家の力にかかっている。世界最大の人口を擁するインドは、2020年代の終わりまでに10億人近い労働人口を抱える。女性の50パーセントが労働力に加われば、GDP成長率は1パーセント押し上げられると試算される。

この成長の実現において、女性起業家の後押しと金融アクセス向上が重要な役割を果たす。インドでは現在、女性によって所有・経営される推計1,500万の企業が、最大で2,700万人の直接雇用を創出しているとされる。女性たちが起業して事業を拡大できるように支援することで、さらに1億5,000万から1億7,000万の雇用創出が可能となり、経済のさらなる発展を後押しする。

IFCと世界銀行は、農業・農村開発省のディーンダヤール・アンティオダヤ・ヨージ国家地方生計ミッションやタミル・ナドゥ州のTNRTPにおいて協働し、女性起業家たちが同プログラムを卒業し、個人向け融資にステップアップできるように支援した。

パティダールが加入している団体のような自助グループを通じ、世界銀行グループは女性の起業を支援してきた。これがインドの同目標の実現に一役買っている。「女性の後押し、そして経済の強化において、金融サービスへのアクセスがカギとなる。より広範な層の女性に門戸を広げ、彼女たちが事業拡大のため資金にアクセスできるように支援することで、我々は国の成長と繁栄に貢献することができる」とIFCのシニア・オペレーションズ・オフィサーであるナタリア・カウル・バティアは話す。

パティダールは廃棄される生地でマットを作るディシャ縫製所をたった10,000ルピー(120ドル)の融資で立ち上げた。

パティダールは廃棄される生地でマットを作るディシャ縫製所をたった10,000ルピー(120ドル)の融資で立ち上げた。

パティダールが融資を受けたような金融の自助グループは、女性を中心に貧困層をグループ単位にまとめて組織化し、各サービスへのアクセスを支援することで、農村経済の活性化を進めている。

パティダールが融資を受けたような金融の自助グループは、女性を中心に貧困層をグループ単位にまとめて組織化し、各サービスへのアクセスを支援することで、農村経済の活性化を進めている。

「数の力」

インド政府のディーンダヤール・アンティオダヤ・ヨージ国家地方生計ミッション(DAY-NRLM)の下、自助グループらは経済を活性化させるべく、農村部の女性を中心に貧困層や弱い立場にある人々を、金融や保健などのサービスにアクセスできるようにグループ単位にまとめて支援してきた。2011年の開始以来、世界銀行は7億5,000万ドルを融資し、13の州で1億人を超える農村部の女性が900万を超える自助グループ下で支援を受けてきた。タミル・ナドゥ州では、世界銀行はタミル・ナドゥ州農村部変革プロジェクト(TNRTP)において州政府を支援している。

「金融商品はそのアクセス向上が資本の活用、そして生計の改善につながる。TNRTPプロジェクトはこれまで10万を超える企業を支援し、結果として7万近くの雇用機会を創出した。そのうち45パーセントは女性だった」 と世界銀行で上級農村開発専門官としてTNRTPをリードしたサミーク・スンダー・ダスは言う。

IFCは4年間のジェンダー・アドバイザリープログラムを実施し、マディヤ・プラデシュ州やタミル・ナドゥ州といった主要な州において、自助グループから融資を受けていた借り手が個人向け融資へとステップアップできるように支援し、世界銀行と協力してその取り組みを補完してきた。2021年に開始されたIFCの同プロジェクトは、日本政府の協力のもとで実施された。

世界銀行は7億5,000万ドルを融資し、13の州で1億人を超える農村部の女性たちが900万を超える自助グループ下に集まった。

世界銀行は7億5,000万ドルを融資し、13の州で1億人を超える農村部の女性たちが900万を超える自助グループ下に集まった。

DAY-NRLMとTNRTP下で実施された世界銀行グループのプログラムは、女性が所有する零細企業に対してこれまでに総額1億6,430万ドルにのぼる10万件以上の融資を実現し、パティダールのような女性が自身の小規模ビジネスのために融資を受け、より多くの雇用を創出することを後押ししてきた。

IFCは、女性が所有する中小零細企業などが金融機関の与信サービスにアクセスできるように支援すべく、インドの主要な銀行やノンバンク金融会社と連携を進めている。2024年度に承認されたIFCのプロジェクトを通じ、今後、3,000万社の中小零細企業が融資を受けられる見込みで、そのうち3分の2が女性向けだ。

ポテンシャルを解放する

インドでは女性起業家の90パーセントがフォーマルな金融機関から事業資金の融資を受けていない。世界銀行グループの調査によると、インドで女性が所有する零細企業が必要とする与信額は合計で114億ドルと推定されている。

しかし、自助グループから各個人への融資はその規模に限界があるほか、通常、信用調査機関にも報告されることはない。零細企業は信用履歴や担保がなく、インフォーマルな形で事業を行っているため、金融機関は融資には消極的だ。女性たちにいたっては、始める前から意欲を削がれる構造的な障壁もあって問題はさらに深刻だ。

このプログラムは女性が経営する零細企業と金融機関をつなげ、「ミッシングミドル(マイクロファイナンス機関にとっては大きすぎるが、銀行にとっては小さすぎる融資)」を必要とする層の支援を行っている。

零細企業への融資は引き受けコストが非常に高く、銀行は通常融資に消極的になるため、このような支援が重要となる。このアドバイザリー・プログラムでは金融機関の懸念点を特定し、ベテランのトレーナーを対象に研修を実施している。そして、今度はこのトレーナーたちが地域コミュニティ内の専門家たちを指導し、公式文書の不備や事業のインフォーマルな進め方などの問題に対処できるようにしている。また、世界銀行グループはTNRTP下で、農村地域で潜在的なマイクロ起業家と貸し手を繋げる融資マーケットプレイスの立ち上げも支援した。

「このプロジェクトが画期的だったのは、農村部の雇用を創出してきただけでなく、農村部の貸し手と金融機関双方にとって利益をもたらす環境を作りだしたことだ」とTNRTPのチーフ・エグゼクティブ・オフィサーであるS.ディヴィヤダルシニは話す。

ディシャ縫製所で1日を始める従業員たち

ディシャ縫製所で1日を始める従業員たち

S.スダは村の自助グループに参加し、訓練を受けた後、スパイスを製造・包装して販売する小規模ビジネスを始めた。

S.スダは村の自助グループに参加し、訓練を受けた後、スパイスを製造・包装して販売する小規模ビジネスを始めた。

成功へのスパイス

女性が所有する零細企業に支援を広げるべく、IFCはコミュニティ内の専門家向け研修を実施し、成功の可能性が最も高い企業の特定や事業計画の策定、審査プロセスの実施、そして有望な事業計画をもって銀行融資の申し込みができるように指導してきた。専門家たちは融資の実施後も企業の健全性をモニタリングし続け、返済が確実に軌道に乗るようにしている。

S.スダはこの支援活動の恩恵を受けたひとりだ。数年前、彼女は村の自助グループに加入し、スパイス作りの訓練を受けた。当初、彼女はそこで習得した技術を使って自宅でスパイスを作り、近所の家々に売っていたが、現在はタミル・ナドゥ州の門前町、コインバトール近郊でスパイス店を経営している。

WhatsAppを通じたオンライン販売によって、スダ・スパイスは著しい成長を遂げた。

WhatsAppを通じたオンライン販売によって、スダ・スパイスは著しい成長を遂げた。

だが、簡単な道のりではなかった。自助グループからの融資を元手に粉砕機を購入し、村の家を一軒一軒回ってスパイスを売るところから始めた。市場規模が大きい都市中心部にビジネスを拡大する際、より大きな個人向け融資が必要となったが、「融資を受けに銀行を訪れた際、さまざまな障害に直面した。私が保護林に住む部族の女性であることを理由に、銀行は融資を渋っていた。私がかなり遠くに住んでいるので、銀行はどのように審査すべきかについても懸念していたが、最終的にはTNRTP職員の支援を通じて融資を受けることができた。すでに完済しており、いまでは銀行員から次の融資について聞かれるようになった」と彼女は言う。

スダ・スパイスは融資を元手に事業に不可欠な設備を購入した。しかし、インドでは女性起業家の90パーセントが、フォーマルな金融機関から事業融資を受けていない。

スダ・スパイスは融資を元手に事業に不可欠な設備を購入した。しかし、インドでは女性起業家の90パーセントが、フォーマルな金融機関から事業融資を受けていない。

都市部近郊でより大規模な事業を営む現在、スダはホテルや小売店に対してもサービスを提供できるようになった。彼女のブランド「スダ・スパイス」はWhatsAppでも販売されており、収入は10倍以上に増加した。現在、家族6人で暮らすためのコンクリート製の自宅を建設している。

「私は村の人々のロールモデルになった。仕事が欲しい、スパイス作りのトレーニングを開催してほしいと皆から頼まれるようになった」と彼女は言う。

当初多くの障害に直面したが、「いまでは銀行員から次の融資について聞かれるようになった」とスダは話す。

当初多くの障害に直面したが、「いまでは銀行員から次の融資について聞かれるようになった」とスダは話す。

「私は村の人々のロールモデルになった」とスダ

スパイスの創業者、S.スダは言う。

「自助グループから融資を受けるたびに、新しい、より大きな事業機会につながった」とスニタ・ソランキは言う。

「自助グループから融資を受けるたびに、新しい、より大きな事業機会につながった」とスニタ・ソランキは言う。

女性がひとりで営む銀行

スニタ・ソランキも自助グループから融資を受け、大きな障害を乗り越えてきたうちの一人だ。困難な幼少期を過ごした彼女は勉強に注力し、マディヤ・プラデシュ州ボーライ村の自助グループで簿記の仕事を得た。彼女は地元の村の銀行サービスの需要に応えるため、インドステイト銀行の代理人として働き始め、最終的には銀行キオスクを開設した。ノートパソコンなどの不可欠な備品の購入は自助グループから受けた融資でまかなった。

ソランキは銀行サービスの事業拡大に伴い、身分証明書やその他政府文書の作成などのサービス提供も始めた。

ソランキは銀行サービスの事業拡大に伴い、身分証明書やその他政府文書の作成などのサービス提供も始めた。

当初は顧客の自宅を訪問するか、銀行のサービス拠点も兼ねたワンルームの自宅で会うなどして、銀行取引サービスを提供していた。事業拡大に伴い、彼女は提携銀行から20万ルピー(2,391ドル)の個人向け融資を受けた。MPSRLMと呼ばれる、国家地方生計ミッション(NRLM)下の州レベルの農村ミッションのひとつが、彼女の銀行取引サービスを拡大する一助となった。そして間もなく、彼女は身分証明書や他政府文書の作成など、他のサービス提供も手掛け始めた。

事業が繁盛し、自信も得たソランキは住宅ローンを組むことを決意した。その資金で、より大きな銀行サービスの拠点と、家族の住居スペースを備えたビルを建てた。「女性も来たくなるようなサービス拠点を作りたかった」とソランキは言う。

いまや彼女は村の女性たちに有益な政府プログラムについて助言を行うようになった。 「昔は4~5人の女性の前で話すことも怖かったが、今では100人の女性の前であろうとも怖くない。」

パティダールの縫製所では従業員たちが到着し、ミシンの音が忙しく鳴り響く。彼女もまた実業家としての自信を着実に養ってきた。最初の融資を受けるのは怖かったと認めつつ、「女性たちに勇気を出して最初の一歩を踏み出すように伝えたい。月に行くことでさえ、家から一歩出ることから始まる。不可能なことはない。最初の一歩を踏み出すだけだ」と彼女は話す。

金融機関が零細企業への融資に消極的な中、スニタ・ソランキがまず金融の自助グループに加入したことはとても重要だ。女性にとって、起業する前から意欲を削がれるジェンダーバイアスもあって、この問題はかなり深刻となっている。

金融機関が零細企業への融資に消極的な中、スニタ・ソランキがまず金融の自助グループに加入したことはとても重要だ。女性にとって、起業する前から意欲を削がれるジェンダーバイアスもあって、この問題はかなり深刻となっている。

住宅ローンのおかげで、ソランキはより大きな銀行サービスの拠点と、家族の住居スペースも備えたビルを建てることができた。

住宅ローンのおかげで、ソランキはより大きな銀行サービスの拠点と、家族の住居スペースも備えたビルを建てることができた。