堆肥化からカーボンクレジットまで

クライメートスマートな農業プロジェクトがアフリカの食料安全保障を強化する

A rural farmer collects fresh plant material to set up a compost pile

IFCとCIDTによる研修の一環として、堆肥の山を作るために生木を集める村の農民

IFCとCIDTによる研修の一環として、堆肥の山を作るために生木を集める村の農民

昨年、シエラレオネで飲食料品の卸売・小売業を展開するPee Cee Holdingsは、未知の世界に飛び込んだ。

同社は年間約10,000トンのタマネギをヨーロッパから輸入していたが、価格急騰と不安定な市場に苦しめられ、ついにまったく新しいアプローチを採ることを決める。これまではシエラレオネ、リベリア、ギニア、セネガルでの輸入品卸売・小売販売に特化していたが、新しく自社内で農業生産を始めるために子会社を設立した。

「昨夏の価格上昇もあって、我々はタマネギの自社栽培を始めることを決めた」と、Pee Cee Holdingsが新設した農業ビジネス子会社、Pee Cee Agriculture(PCA)のゼネラルマネージャーであるモハメド・ソーウェは言う。

同社は手始めに湿った低地で作物を育て始めたものの、この最初の試みはほとんど失敗に終わった。成功には外部の支援が必要であることに経営陣は気づく。

「我々はIFCと協働を始め、IFCが連れてきた経験豊富な農学者を中心にチームを立ち上げていった。IFCの支援によって、土地の勾配や傾斜、土壌の特性を調べるなど、はるかに専門的なアプローチを取るようになった。土地に適した灌漑(かんがい)システムも導入した」とソーウェは話す。

新しいアプローチは着実に成功を収めつつあり、PCAはすでに1,000トンの高品質なタマネギを収穫することができた。同社は今後4年間でタマネギの生産量を年間22,000トンまで増強することを計画しており、シエラレオネにおけるタマネギの輸入量の約90パーセントが国内産に置き換わることになる。

Farmers at work in PCA's onion fields Sierra Leone

シエラレオネにあるPCAのタマネギ畑で働く農民

シエラレオネにあるPCAのタマネギ畑で働く農民

A pile of onions at PCA's onion farm in Sierra Leone

シエラレオネにあるPCAのタマネギ農場で採れたタマネギの山

シエラレオネにあるPCAのタマネギ農場で採れたタマネギの山

気候変動と現地の農業を取り巻く環境

PCAの例は、現地の生育環境を理解することの重要性を示している。一方、アフリカの多くの地域において、これが一層困難になりつつある。天候パターンは不安定になり、予測不能な状況が増えたことによって、これまで時間をかけて確立されてきた農業技術の多くが通用しなくなってきている。

現在、不安定な降雨パターンから長期化する乾季、そして、洪水や干ばつ、サイクロンなどの破壊的な気象現象などの問題に直面する中、アフリカの農家やアグリビジネス企業は、ひとつの作物の不作が壊滅的な結果を招く可能性がある業界において、変化に迅速に適応し、生産量を維持・向上させることが求められている。

その影響は計り知れない。アフリカではすでに推計1億4,000万人が深刻な食料不安に直面しており、気候変動によって収穫量が減れば、この数はさらに増加する可能性がある。

「気温が上昇し、天候が不安定になれば、結果として、外来種の作物や害虫、異常気象現象が増え、投入コストも上がっていく。農家の生産性や収穫量はすでに影響を受けており、気候変動を考慮することがビジネスを持続させる上で重要な要素となっている」とIFCでアフリカ・アグリビジネスを率いる地域産業マネージャーの小辻洋介は話す。

農家へのクライメートスマート・テクノロジーの研修

これらの課題に対処するため、開発金融機関、非営利組織、投資家などのステークホルダーは、アフリカの農家と大規模アグリビジネスが変化に適応し、近代化を進められるように支援を進めている。

その一例が、サブサハラ・アフリカで商業的農業を支援するインパクト投資機関のAgDevCoだ。

現在、アフリカ9カ国にわたって2億8,000万ドルの農業投資ポートフォリオを持つ同社は、小規模農家にクライメートスマートな農業技術に関する研修を 実施するために、資金援助も実施している。

シエラレオネにおいて、AgDevCoはココアの輸出業者であるTradin SLと提携し、36,000軒の小規模農家に対し、気候変動へのレジリエンス強化に向けた農法に関する研修を実施した。この研修には、有機堆肥を利用して炭素を隔離し、水分や栄養素の保持力を高めるよりよい土壌をつくり方などが含まれる。「気候変動への適応と緩和を同時に実現できるシンプルな手法」とAgDevCoは説明する。 

このプロジェクトについて、AgDevCoのチーフ・インベストメント・オフィサーであるクリス・アイザックは、「気候変動へのレジリエンス向上は、貧困削減につながる。農家の人々により優れた農業技術に関する技術支援を提供していく必要があり、民間セクターはその支援を届ける上で非常に強い推進力となる。企業にとっても、小規模なサプライヤーの収穫量や品質を持続可能な形で向上させることは、自社の業績向上に直結するからだ」とコメントする。

IFCは、クライメートスマートな農業技術を支援する農業セクターのプロジェクトに積極的に取り入れている。

土壌浸食を克服し、肥沃度を高める

コートジボワールにおいて、IFCは綿の生産者であるCompagnie Ivoirienne pour le Développement des Textiles(CIDT)と協働し、綿花などの作物を育てる小規模農家に向け、気候パターンが変化する中でも土壌肥沃度を高め、土壌浸食を防ぐ技術を取り入れられるように支援を実施してきた。

世界農業食料安全保障プログラム(GAFSP)の民間セクター・ウィンドウから支援を受ける本プログラムを通じ、現在までに2,800を超える農家がより優れた手法を導入することができた。これは同プロジェクトの目標である2,435を上回る。

「我々は、現地で調達した牛糞などを活用して土壌有機物を増やし、水分の蒸発を減らすことで土壌の保水性を高めようとしている。また、浸食が進む土地では、土壌から流れ出る水量を減少させるため、簡単な構造物を設置する方法も農家に指導している」と同プログラムのリード・トレーナーであるトラオレ・スレイマンは説明する。

シリキカハ村で綿花、米、トウモロコシを栽培するソロ・ワンゼリウェは、同研修を通じて気候変動レジリエンスの重要性の理解を深め、生産量と収入を増やしてきた。

降雨量が安定せず、土地では浸食が進み、害虫が乾季の長期化で増加したことなどを背景に、彼女の作物の収穫量は約20パーセント落ち込んでいた。しかし、土壌浸食に対処する技術を学んだおかげで再び増加に転じ、先シーズン、彼女は2.6トンの米と1.9トンのトウモロコシ、3.5トンの綿花を収穫することができた。これは研修前と比べて約40パーセントの増加にあたる。 

「研修が大きな変化をもたらした。これまでは土壌にまく肥料を買うために毎年借金をしていたが、堆肥の作り方を学んだいま、土壌の質は向上し、保水力も高まった。肥料を買うためにお金を使う必要もなくなった」と彼女は言う。

A smallholder farmer builds a pile of compost as part of climate smart farming training.

クライメートスマート農業の研修の一環として、堆肥の山を作る小規模農家

クライメートスマート農業の研修の一環として、堆肥の山を作る小規模農家

Rural farmers in C'ote D'Ivoire being trained in soil preparation composting and anti-erosion techniques.

コートジボワールで土壌整備、堆肥化、侵食対策の技術に関する研修を受ける村の農民

コートジボワールで土壌整備、堆肥化、侵食対策の技術に関する研修を受ける村の農民

Smallholder farmers in C'ote D'Ivoire being taught climate smart soil preparation techniques by IFC and CIDT.

IFCやCIDTからクライメートスマートな土壌整備の技術を学ぶコートジボワールの小規模農家

IFCやCIDTからクライメートスマートな土壌整備の技術を学ぶコートジボワールの小規模農家

灌漑システムで降雨への依存度を減らす

クライメートスマートなアプローチに関する研修に加え、IFCはアフリカの農場のレジリエンスと持続可能性を向上させるために、インフラ向上の支援にも取り組んでいる。

モロッコにおいて、IFCはBanque Centrale Populaire(BCP)、そして灌漑事業に取り組むCompagnie Marocaine de Goutte-à-Goutte et de Pompage(CMGP)と協力して、農家にエネルギー効率の高い太陽光発電の散水システムを調達するためのローンを提供し、降雨への依存の低減に取り組んでいる。

2027年までにおよそ30,000の農家が新しい設備の恩恵を受けるとされ、小麦、てん菜、ジャガイモの収穫量は改善し、食料安全保障が強化されることが期待されている。 

気候変動保険で不安定な天候に備える

しかし、ベストな緩和策ですら、農家と農場を守るには十分でないこともある。

気候変動によって異常気象現象がより頻繁に発生する中、アフリカの食料需要の約70パーセントを供給する小規模農家は、特に脆弱な状態に置かれている。ひとたび激しい嵐や干ばつが起これば、1シーズン分の作物が全滅し、経済的破綻を招いて食料安全保障をさらに悪化させる可能性がある。

これを実際に経験したのが、マラウイのチョロのトウモロコシ小規模農家であるジェヤ・ンシンダだ。史上最も長く勢力を保った熱帯大気圧、サイクロン・フレディが昨年マラウイ南部を直撃した際、嵐のせいで「大きな影響を受けた。雨が朝から晩まで降り続き、収穫予定の作物が被害にあった」と彼女は話す。

幸いなことに、ンシンダはOne Acre Fundの保険に入っていた。これはIFCが支援する再保険のファンドであり、東アフリカの農家に向け、異常気象現象に対する保険を提供している。

サイクロンの後、ンシンダはファンドからの保険金で種と肥料を購入することができた。マラウイ全土にわたって、約44,000の農家も同じ選択をすることができた。

「嵐の後に受け取った保険金のおかげで命拾いした」とンシンダは話す。

IFCの支援をもとに、One Acre Fundはサービス範囲を拡大し、2030年までに地域全体で少なくとも400万の小規模農家に同様のセーフティネットを提供し、収入や生産性への影響を低減していくことを目指している。

Farmers in C'ote D'Ivoire are helping shore up soil erosion through simple anti-erosion measures such as these, as taught by IFC and CIDT

コートジボワールの農民たちは、IFCとCIDTの指導を受け、このようなシンプルな侵食防止策を講じて土壌浸食を防いでいる。

コートジボワールの農民たちは、IFCとCIDTの指導を受け、このようなシンプルな侵食防止策を講じて土壌浸食を防いでいる。

2 Farmers in C'ote D'Ivoire are helping shore up soil erosion through simple anti-erosion measures such as these, as taught by IFC and CIDT.

コートジボワールの農民たちは、IFCとCIDTの指導を受け、このようなシンプルな侵食防止策を講じて土壌浸食を防いでいる。

コートジボワールの農民たちは、IFCとCIDTの指導を受け、このようなシンプルな侵食防止策を講じて土壌浸食を防いでいる。

世界銀行グループ全体での協力

IFCは世界銀行グループのその他の機関と緊密に協働し、投資リスクの高いクライメートスマート関連の農業プロジェクトへの保険や信用保証の提供に取り組んでいる。また、アフリカの農産物の一部バリューチェーンにおいて、作物の多様化を進めるとともに、クライメートスマートな農業技術を農家に指導している。さらに、クライメートスマートな発電事業者からカーボンクレジット(排出枠)を購入し、農産物の加工会社にクリーンな電力を供給することにも取り組む。

例えば、世界銀行グループの一員である多数国間投資保証機関(MIGA)は、ザンビアで穀物関連の農業ビジネスやバリューチェーン資産を運営するAgrivisionの投資に対し、政治リスクを軽減するための保証を提供している。同社が現地通貨建ての収益を外貨に換金できない場合や、戦争や市民暴動の発生により資産に損害が生じた場合には、当該保証に基づいて補償が行われた。

MIGAの保証にも支えられ、Agrivisionは作物の輪作から不耕起栽培、生産性と収穫量を向上させるための土壌や水の管理、技術改良まで、さまざまな作業にクライメートスマートな農業手法を導入している。

アフリカの農業のポテンシャルをフル活用する

一方、シエラレオネではPCAがタマネギに加えて新しい作物のビジネスを始めている。直近の雨季にPCAはトウモロコシの試験栽培を行い、1ヘクタールあたり推計3トン、計約40ヘクタールのトウモロコシを収穫した。次の栽培シーズンにはトウモロコシ畑を70ヘクタールに拡大することを目指している。今後、トウモロコシを原料とするニワトリ用飼料を提供することで、シエラレオネの養鶏セクターを支え、食料安全保障にさらに貢献するほか、輪作で土壌の健全性を保つ考えだ。

また、PCAは発電機を太陽光発電に置き換えることも検討しており、最終的には、再生可能エネルギーですべての農業活動の電力を賄うことを目指す。

クライメートスマートな農業には、現地の環境を理解し、適切な農業技術を指導することに加え、気候変動による被害から農地を守るための耐久性の高い強靭な作物やインフラの開発まで、多様なアプローチの組み合わせが必要となる。

「アフリカには膨大な天然資源があり、この大陸には世界の未使用の耕作可能地の60パーセントが存在する。世界の食料安全保障問題を解決する大きなポテンシャルがある」と小辻洋介は話す。「クライメートスマートな方法で農作物のバリューチェーンを構築する中で、アフリカのポテンシャルを最大限に引き出す方法がより明確になっていけば、アフリカは自給自足を達成することができ、やがては世界への食料の純輸出国としての正当な地位を築いていくだろう。」

Smallholder farmers practice soil preparation techniques in rural C'ote D'Ivoire.

コートジボワールの農村部で土壌整備技術を実践する小規模農家 写真:IFC

コートジボワールの農村部で土壌整備技術を実践する小規模農家 写真:IFC

Jeya Nsinda a smallholder farmer in Malawi puts her hands into a bag of fertilizer she bought with her climate insurance payout after Hurricane Freddy struck her fields.

サイクロン・フレディが畑を直撃した後、気候変動保険の保険金で購入した肥料の袋に手を入れる、マラウイの小規模農家であるジェヤ・ンシンダ

サイクロン・フレディが畑を直撃した後、気候変動保険の保険金で購入した肥料の袋に手を入れる、マラウイの小規模農家であるジェヤ・ンシンダ

2024年11月発行