農場から食卓へ
ベトナムの味を世界に届ける
品質と安全基準の向上が、東南アジアの国の農家に付加価値の高い市場を切り開く

東京の高級住宅街、広尾にあるスーパーマーケットで最近、買い物をしていた大山優は、整然と並べられたエキゾチックな見た目の新鮮なリュウガンに目を留めた。
「日本では冷凍や乾燥されたものしか見たことがなかったけれど、新鮮な生のリュウガンを見たのは初めて。嬉しい驚きでした。ベトナムから輸入されたもので、とても美味しい」と優は語る。
しかし、金融機関で働く32歳の彼女には、ベトナム産のリュウガンが日本に輸出されるようになるまでに長く困難な道のりがあったことを知る由もなかった。

ドンタップ省チャウタン地区にある4,000平方メートルのリュウガン農場の所有者、ル・ヴァン・ヴーさんは、10年以上にわたり輸出用のリュウガンを栽培している。写真: ル・クアン/ IFC
ドンタップ省チャウタン地区にある4,000平方メートルのリュウガン農場の所有者、ル・ヴァン・ヴーさんは、10年以上にわたり輸出用のリュウガンを栽培している。写真: ル・クアン/ IFC
ベトナムは、8万ヘクタール以上の耕作地で、年間約60万トンのリュウガンを生産しているが、生の果物として輸出されるのは、そのうちわずか2%だ。果皮が薄く、果実の水分の多いため、最近まで、高品質の農産物と高い基準の食品安全性とバイオセキュリティが求められる厳しい市場に参入するには、害虫や病気を根絶するための植物検疫処理後、果実の鮮度を維持することが困難だった。
年間約 200 億ドルの農産物を輸入する日本に辿りつくまでの 6 年間の長い道のりがやっと成就し、今日、新鮮で栄養価が高いこの果物の甘い味を日本で味わえるようになった。


付加価値の高い市場に参入するための鍵
肥沃な土壌と温暖な気候に恵まれたベトナムは、黒胡椒、コーヒー、米など幅広い農産物の世界最大の生産国及び輸出国の一つとなっている。この東南アジアの国には 30 種類以上の熱帯果樹や農産物が栽培されており、リュウガンは高い成長性が見込める農産物の一つに過ぎない。
ベトナムは世界的な農業大国として台頭し、2022年の年間輸出額は530億ドルを超えているにもかかわらず、その農産物は高付加価値の市場から締め出されたままであることが多い。その要因は、しばしば高レベルの化学残留物や害虫、病気によって作物を駄目にしてしまう、国際基準に沿わない持続性のない生産方法だった。追跡可能で認証を受けた質の高いサプライチェーンの欠如が、問題をさらに悪化させていた。その結果、農産物は主に非公式の物流ルートを通じて低価格で輸出されている。
これらの課題に対処するべく、IFC は農村地域の繁栄の原動力として農業セクターの潜在力を最大限に引き出す新境地を開く支援を行っている。
2020年以来、IFCとベトナム農業農村開発省は、リュウガンやその他の果物に狙いを定め、国際慣行に沿って植物検疫措置、トレーサビリティ、食品安全基準を管理する要件を更新し、施行してきた。
ベトナムで初めて、化学薬品や放射線の使用を避けながら果物内の害虫を駆除する革新的な国独自の「低温処理」プロセスが開発され、新鮮で安全なリュウガンを輸出できるようになった。
「この環境に配慮した方法は、ベトナムの果物が、従来の手法では受け入れられないアジアやヨーロッパの高付加価値の市場に参入するのを助けるゲーム・チェンジャーとなる」とベトナム農業農村開発省植物保護局のグエン・トゥ・フオン次長は語る。
害虫は、果物が所定の時間低温にさらされると死滅するが、この低温処理は輸送中に行うことができるため、輸出業者にとっては時間とコストの節約になる。
「IFCの支援により、私たちは自信を持って低温処理プロセスを他の果物にも適用できるようになった」とフオン氏は語る。
IFC はまた、オンライン・トレーニング・プログラムを通じ、主にドラゴンフルーツ、ドリアン、リュウガン、パッションフルーツについて、畑から工場まで標準化された生産プロセスに関する意識向上を支援している。これは、輸出適格となる農産品の成長を拡大し、収穫後の処理と梱包の基準を改善して、高付加価値市場に参入するための前提条件であるサプライチェーン全体のトレーサビリティを確保することを目的としている。
この取組みはすでに実りある成果をもたらしている。 IFCの支援により、リュウガンの日本への輸出が可能となるまでの6年の間に、ベトナムのレッドドラゴンフルーツは2021年7月に韓国市場への輸出が承認され、パッションフルーツはその1年後に中国へ輸出された。




持続可能な胡椒が市場にスパイスを加える
同様に、ベトナムの胡椒業界においても、新たな市場の開拓に取り組んでいる。
同国は世界最大の黒胡椒の生産国及び輸出国であり、その輸出額は世界の黒胡椒の貿易総額の半分以上を占めている。しかし、業界はいくつかの持続可能性に関する課題に直面している。
環境汚染にもつながる農薬の使用は、高付加価値市場の厳しい残留レベルの上限基準によって、荷止めされることもある。こういった事態は、持続可能な生産手法に関する農家の知識が限られていることが直接の要因となっている。
これに対応するべく、IFCはベトナムの胡椒の主要生産地の一つであるダクノン省中部の農家と協力して、農場経営の持続可能性を高める取組みを行った。農薬の適切な使用を指導するために、イノベーションと知識伝達の拠点として 20 か所の実証農場が設立され、eラーニング・ツールであるベトペッパー(Vietpepper)は、特に新型コロナ禍によるロックダウン中に、同プロジェクトの波及効果を高めるのに役立った。
「農薬を使用しすぎると胡椒や土壌に悪影響を与えることはわかっていたが、他に何もできなかった。そうしないと胡椒が枯れてしまうから」と、同プロジェクトの農業・土壌管理の専門家のサポートを受けながら、500 本の胡椒の支柱で試験栽培に取組み始めたゴ・ティ・スエンさんは語った。殺虫剤を部分的に生物由来の対処法に置き換え、品質の良い農薬のみを使用することにより、残留農薬が劇的に減少し、バイヤーが求める基準を満たせるようになった。
その結果、スエンさんは試験栽培によって 1,000 ドル収入が増加し、その後の3 ヘクタールの農場での大規模栽培でさらに 6,000 ドルの収入増加が見込めるようになった。
成功したのはスエンさん一人ではない。2,000以上の農家と直接協力して農薬使用の課題に取り組み、国際認証基準を順守することで、1,000 以上の参加農場が推奨される持続可能な生産手法を導入した。そして、2,100 ヘクタール以上が持続可能な管理体制の農場へと変わり、実証農場の平均収穫量は1ヘクタールあたり 2.5 トンから 3.6 トンに跳ね上がった。


「持続可能性は、ベトナムの園芸産業の可能性を最大限に引き出す方法だ。これはこの産業、営む農家、そして世界中の消費者全てにとっての勝利だ。」

変化の種が経済的な成果を生む
輸出市場の開拓のために、ベトナムが持続可能な農業生産に最近舵を切ったことは、消費者の健康と環境にとって良いだけではなく、経済合理性にもかなっている。
南部ロンアン省に本拠を置く輸出業者ホアンパット・フルーツ社は、日本への輸出要件を満たすことで、国内では1kg当たり2ドルで販売される生のリュウガンが、1kg当たり約13ドルで販売できる。この価格により、1月に最初の10トンを出荷した同社は、識別コードのある地域で栽培されたリュウガンを、そうでないリュウガンよりも約30%高い価格で購入できることになる。
同様に、ベトナムの胡椒業界もより高い収益から恩恵を受けるようになった。
実証農場で持続可能な方法で栽培された胡椒の収穫量が増加したことで、農家は胡椒の支柱 1 本から 5 ドル多くの収入を得ることができ、プロジェクト以前に比べ収入が大幅に増加した。
農作物の生産に持続可能性を取り入れる取組みは、IFC のグローバル・トレード・サプライヤー・ファイナンス・ファシリティによる金融支援を通じても奨励されており、マコーミックのハーブとスパイスの供給業者に対し、社会的及び環境的持続可能性の指標の改善に連動した金銭的インセンティブを提供した。同プロジェクトにおいて、現地の胡椒供給業者 3 社は、持続可能性の順位評価に応じて、販売高に応じた運転資金への融資の割引率を通じて 6,000 ドルから 28,000 ドルの利益を得ることが出来た。
「持続可能性は、ベトナムの園芸産業の可能性を最大限に引き出す方法だ」とフオン氏は語る。「これはこの産業、営む農家、そして世界中の消費者全てにとっての勝利だ。」

