ネットゼロに移行するための資金調達手段
気候変動危機への対応を支えるサステナビリティ・リンク債やブルーローンなどの新たな資金調達ツール

シンガポールを拠点にバングラデシュやインド、ベトナムでエネルギー・都市開発事業を展開するセムコープ・インダストリーズ(Sembcorp Industries)は、2025年末までに再生可能エネルギー生産能力を現在の4倍の10ギガワットとするという、アジアのエネルギー企業の中でも最も意欲的な持続可能性に関する目標を掲げている企業の一つだ。
自ら設定した目標を達成できなかった場合の「罰則」も設定している。同社が2021年10月に発行した新たな革新的な債券では、投資家には、現在の利率に0.25%上乗せした利子が支払われる。
セムコープ・グループの最高財務責任者(CFO)であるユージン・チェン氏は「この債券は、エネルギー移行という概念と我々の事業の完全な一致を図るものだ」と語る。「企業文化を含め我々の業務のあらゆる側面に、エネルギー移行というコンセプトが反映されるよう注力している。グリーンファイナンスは、その資金使途が再生可能エネルギーやグリーン・プロジェクトに限定されていることから、制約的であるとみなされる傾向にある。たとえばサステナビリティにリンクされた資金調達では、持続可能性に関する目標の設定が求められている。大まかな目標を設定する企業もあるだろうが、弊社は極めて明確な目標を設定している。」
セムコープは、東南アジアのエネルギー会社として初めてサステナビリティ・リンク債を発行した。現在に至るまで域内最大規模となる6億7,500万シンガポールドル(5億100万米ドル)の発行額は、サステナビリティ・リンク債が、温室効果ガスの排出量削減という世界的な取組みにおいて極めて大きな役割を果たす資金調達手段の一つとなり得ることを示している。新型コロナの蔓延もあり、炭素排出量実質ゼロへの移行に要する資金規模は、各国政府の負担能力を上回っている。一方で、投資家は、数兆ドル規模の資金の運用先としてサステナブル資産を求めており、資金運用手段としてより革新的な商品が誕生する中、今後資本市場が気候変動への対応でより重要な役割を担う可能性を示唆している。
IFCの金融機関グループ気候変動ファイナンス担当グローバルヘッド及びチーフ・インベストメント・オフィサーであるピーター・キャッションは「政府や銀行は単独では、ネットゼロ(温室効果ガスの排出量実質ゼロ)への移行に必要な十分な資金を提供することはできない」と指摘し、「必要な資金を調達する上で、資本市場は絶対的に欠かすことのできない存在だ」と語る。

人類の「コードレッド」
世界中を記録的な熱波が襲い、トルコからシベリアに至る広い範囲で山火事による被害が頻発する中、新型コロナのパンデミックから回復しつつある世界の関心が、今度は気候変動危機へと移りつつあることは明らかだ。国際連合が8月に発表した報告書によると、科学者たちは、あらゆる地域そして気候システム全体で、数十万年とまではいかなくても、少なくとも数千年もの間なかった変化を観測しており、アントニオ・グテーレス事務総長は、これを人類の「コードレッド(緊急事態)」と警鐘を鳴らした。

写真:WIJI/Shutterstock
写真:WIJI/Shutterstock
気候変動による大災害を回避するための行動を加速させるべく、グラスゴーで開催された国連の気候変動サミットに世界各国から約2万5,000人が参加した。しかし、2050年までにネットゼロに移行するのに必要な資金を世界はどのように調達すべきか、という疑問への明確な答えは依然として出ていない。国際エネルギー機関(IEA)の推計によると、今後30年間でこの目標の達成に必要な総投資額は、エネルギー・セクターだけで年間3兆5,000億ドルに上る。
国際通貨基金が、新型コロナの影響により今年、世界の公的債務は対GDP比99%に達するとの予測を示すなど、政府単独では移行に必要な資金の調達は不可能だ。一方で、金融安定理事会の試算によれば、年金基金、保険会社、投資ファンドなどは200兆ドル相当以上の資産を運用しており、資本市場こそがその解決策となる。
IFCのキャッションは「問題は、これらの資金を必要としているセクターにどのように向かわせるかということだ」と語る。「効率的にアクセスできる投資商品を組成しなければならない。それが資本市場のあるべき姿だ。(資本市場には)客観的な評価を受けた効率的な投資商品と実績のある発行体、開発金融機関の900倍に相当する資金を有する機関投資家がいる。」
グリーンシュート
2008年に世界銀行が世界初のグリーンボンドを発行して以来、市場は急成長している。発行額は昨年1兆ドルを突破したが、気候債券イニシアチブの見通しによると、今年だけで5,000億ドルに達する勢いだ。
しかし、世界の温室効果ガスの半分以上を排出する新興国市場の多くでは、この市場はまだ未成熟だ。2012年から2020年の間に新興国市場で発行されたグリーンボンドは2,260億ドルのうち、中国以外の国によるものはその僅か29%にすぎない。例えば、エジプト政府が初めてグリーンボンドを発行したのは昨年であり、その後民間セクターによる初のグリーンボンドが同年8月に発行された。

「これまで以上に幅広くグリーンボンドを広める必要があるが、これと並行し、インパクトを最大化し発行体のニーズを満たすことができるよう、気候関連の資本市場商品を増やし、商品の組成の仕方を工夫する必要がある。そこでサステナビリティ・リンク債といった新しいタイプの商品が必要となる」とキャッションは語る。
2019年にイタリアの電力会社であるエネル(Enel)が、世界で初めてサステナビリティ・リンク債を発行して以来、同市場は大きく成長している。ブルームバーグによると、現在までに発行額は880億ドル強に上り、この内720億ドルが2021年に発行された。サステナビリティ・リンク債は、発行体の事業内容、業界そして市場について十分な理解を必要とする。投資家は、発行体がより高い目標とコミットメントを設定するよう強く促し、その遵守を求める必要がある
IFCの気候変動ファイナンスのシニア・スペシャリストであるベリット・リンドホルト=ラウリッセンは「グリーンボンドが、グリーンファイナンスのエコシステムの成長の起爆剤となったが、グリーン・プロジェクトの資金調達だけでは、2050年までにネットゼロを達成することは不可能だ」と指摘する。
「依然として我々は、セメント、化学、鉄鋼、重量輸送といった炭素集約的な産業に依存しているが、これらの産業が世界の排出量の約30%を占めると推定される」と続ける。「こうしたセクターの改革が炭素排出量削減に大きく寄与すると考えられる。このことから、サステナブル・ファイナンスが金融の未来の姿だと言えよう。しかし、見せかけだけの「サステナビリティ・ウォッシュ」を防ぐため、発行体と投資家は共に、目標が野心的で大胆でありつつも現実的なものとなるよう、より入念な下準備を行わねばならない。」
「ブルー」のはじまり
ネットゼロに向けた世界的な取組みを支えるもう一つのツールが、ブルーファイナンスだ。これは、本来ならばグリーンファイナンスの一部に分類されるが、海洋プラスチックごみ問題への対応が急がれ、その対応に民間セクターへの資金流入が必須であることから、市場はブルーファイナンスを一つの資産クラスと捉えている。2018年に世界銀行の支援を受けたセーシェル共和国が、世界初となるブルーボンドのソブリン債を発行して以降、民間セクターでも発行されるようになった。

プラスチックごみによる海洋汚染が進む 写真:リッチ・キャリー/Shutterstock
プラスチックごみによる海洋汚染が進む 写真:リッチ・キャリー/Shutterstock
昨年、IFCは飲料ボトルに使われるPET(ポリエチレン・テレフタレート)の世界最大手リサイクル製造メーカーである、タイのインドラマ・ベンチャーズ(Indorama Ventures)に対し、3億ドルのブルーローンをアレンジした。コカ・コーラなどを顧客に持つインドラマ・ベンチャーズは、この資金を活かし2025年までに世界で年間500億本のペットボトルのリサイクルを目指す。同社は、プラスチックごみの不適切な処理の問題に取り組んでいるタイ、インドネシア、フィリピン、インド及びブラジルなどの国々におけるリサイクル処理能力の向上を図り、埋め立て処理や海洋投棄からの転換を促し、この目標の達成を目指す。
海洋プラスチックごみの問題に対する資金調達の解決策は、ネットゼロへの移行で独自の役割を果たす。プラスチックはほぼ化石燃料由来であり、採掘、輸送から、精製、製造そして廃棄と、そのライフサイクルのあらゆる段階で温室効果ガスが排出される。製造工程だけで世界の石油消費量の約6%を占め、世界経済フォーラムによれば、これは世界の航空セクターの消費量に等しいと指摘する。プラスチック消費が予測通りに進む場合、2050年までに同セクターは、石油消費量の20%、世界の年間炭素予算の15%を占めることになる。
漁業や水産養殖は、多くの国の食料安全保障と経済において重要な位置を占めるが、プラスチックごみは、脆弱なエコシステムにも大きな被害をもたらす。
健全な海洋は、雇用と食料を生み出し経済成長を支えるとともに、気候変動を整え、沿岸部や都市部のコミュニティに健全な暮らしをもたらす。ピュー慈善信託(Pew Charitable Trusts)は直近の報告書で、これまでと同じペースで進めば、2040年までに海洋に投機されるプラスチックごみの量は現在の3倍の2,900万トンに達するとの試算を示した。これは、世界の海岸線1メートルあたり50キロのプラスチックごみを廃棄するのと同じだ。

一方で、これは大きなビジネス機会でもある。2021年初めに世界銀行グループは、マレーシア、フィリピン、タイ、ベトナムのプラスチック資源の循環促進と海洋ごみ問題への取組みを通した新たな経済機会を検証する一連の市場調査報告書を発表した。同報告書は、プラスチックを回収・再利用することなく1回の使用で廃棄するれば、これら4カ国でプラスチックの資源価値の75%強、年間にして約90億ドル相当の損失となることを明らかにした。
カーボン・ファイナンスの機会を創る
この他にも、カーボン・ファイナンス(炭素金融)市場で一連の新商品が登場するなど、気候変動対応を支える新たな投資機会も誕生しつつある。9月には、HSBCオーストラリアとロンドンを拠点とするアース・セキュリティ(Earth Security)が、重要な自然生息地の保護と回復を資金使途とするマングローブ債の枠組みを開発する新たなプロジェクトを立ち上げた。両社は、これが今後、世界中の発行体が同様の債券を発行する際の青写真になることを期待している。

コロンビア、カルタヘナのマングローブ湿地。写真:マリアノ・ガスパール/Shutterstock
コロンビア、カルタヘナのマングローブ湿地。写真:マリアノ・ガスパール/Shutterstock
マングローブは地表のわずか0.1%を覆うに過ぎないが、1ヘクタール当たりで炭素を陸上森林の最大で10倍以上も蓄えられることから、気候変動への世界的な取組みで不可欠な存在だ。2016年、IFCは世界で初めてフォレストボンドを発行した。これは、民間資金を途上国の森林破壊の防止に役立てるためのもので、投資家は利払いの際に現金ではなくカーボンクレジットも選択することができる、世界初の商品だ。
カーボンクレジットとは、自社の排出削減目標が達成できない企業が、二酸化炭素1トン、あるいは他の温室効果ガスを同等量排出できる権利(枠)を示す証書や許可を取引するものだ。購入者は、炭素排出量の削減・回避、または大気中の二酸化炭素の除去・隔離に資金を提供することで、自社の排出量を相殺することができる。
規制・コンプライアンス目的でなく、自主的な活用で取引するボランタリー・カーボンクレジット市場は、民間資金なくしては実現が困難であろう生物多様性の保護、汚染の防止、公衆衛生の改善などの気候変動対応プロジェクトに資金を直接呼び込むことができる。
カーボンクレジット市場は、金融イノベーションを育む土壌となっている。オランダのインパクト投資家であるBIXキャピタルは、気候変動に配慮した家電製品の中小製造・販売業者に対し、カーボンクレジットを組み入れた将来のキャッシュフローを裏付けに運転資金融資を行っており、これが、サブサハラ・アフリカの低所得世帯にクリーンな料理用レンジ、浄水システムなどの家電製品を届ける一助となっている。
依然としてカーボンクレジットの大半が店頭市場で取り引きされているが、取引量の増加に伴い、市場での契約数も増えている。自発的炭素市場拡大に関するタスクフォース(TSVCM)の推定によると、これらのクレジット商品の市場は、2030年までに現在の15倍の500億ドルにまで達する可能性がある。
トランジション・ファイナンスのラベルを付す商品も人気となっている。この商品を通し、事業を「ブラウン」から「グリーン」へとシフトさせ、2050年を期限にネットゼロ排出を達成することにコミットした炭素集約型の事業を展開する企業が、サステナブル・ファイナンスの市場にアクセスすることができる。
南アフリカの金融規制当局は、トランジション・ファイナンスを、環境にかかる目標と並行し、リスキリング(スキルの高度化)を含めた雇用、金融包摂及び不平等といった課題に取り組む「公正な移行」を推進しつつ、低炭素への道筋を確保するための再優先課題だと位置づけている。
同国の一部のユーティリティ事業者が既に、資本調達の一環で移行計画の策定に着手している。国営電力会社のエスコム(Eskom)は、南アフリカの電力供給の大半を石炭火力発電に依存しており、世界で最も温室効果ガスを排出していると言われるが、2021年7月に、石炭から移行する野心的な戦略の資金調達計画を発表した。これには、脱炭素化プロジェクトの進展に伴い、「ペイ・フォー・パフォーマンス(実績に応じて払い込む仕組み)」の融資が組み込まれており、エスコムによると、関連プロジェクトに伴うインフラ整備で30万人以上の雇用が創出される見込みだ。
南アフリカのヴキレ・デイビッドソン財務省金融安定担当ディレクターは「アフリカのみならず新興国市場の多くの国々と同様に、南アフリカは、炭素集約性の高い一次産品の輸出国である」と語る。

ヴキレ・デイビッドソン. 写真提供:本人による提供(敬称略)
ヴキレ・デイビッドソン. 写真提供:本人による提供(敬称略)
「平等で公正かつ持続的な手法で移行を実現するには、炭素集約性の高い事業活動に関わってきた労働者を中心に多くの人々を雇用する必要がある。これは、新興国市場独特の課題であり、トランジション・ファイナンスが解決の一助となるだろう」と同氏は続けた。
南アフリカ、コロンビア、チリ、そしてモロッコといった多くの新興国市場で、サステナブル・ファイナンスにかかる規制も政策課題として重要視されるようになっている。この背景には、パリ協定の下でのコミットメントの達成に必要な資金を民間から呼び込み、気候変動がもたらすであろう不安定性に対し強靭な金融システムを構築するといった政府のニーズがある。
進歩を続けるサステナブル・ファイナンスの金融規制において、新興国市場のリーダー的存在である南アフリカでは、2010年に高レベルの炭素を排出する企業を対象に炭素税の導入が検討され、2014年にはエネルギー効率化を促進するべく、産業プロジェクトに対する税制上の優遇措置を導入した。現在、グリーンファイナンスのタクソノミーとガバナンスの枠組み、金融機関を対象とする気候に関連した専門的なガイダンスと基準、そして関連セクターがストレステストで使用するベンチマークとなる気候変動リスクシナリオを策定している。

国の最優先課題
サステナブル・ファイナンスに関する規制の整備を進める新興国市場の一つがモロッコだ。同国は、2015年のCOP21で、その翌年マラケシュで開催予定だったCOP22に先立ち、気候関連の野心的な目標を発表した。モロッコ資本市場機関(AMMC)のネザ・ハヤート議長兼最高経営責任者(CEO)は、国王令により持続可能な開発が同国の最重要課題となり、COP22を契機に、サステナブル・ファイナンスへの取組みが本格的に始動したと説明する。

ネザ・ハヤート 写真提供:モロッコ資本市場機関
ネザ・ハヤート 写真提供:モロッコ資本市場機関
以来、AMMCはIFCの支援を得て、ジェンダーボンド、企業の社会的責任及び環境・社会・ガバナンス(ESG)の情報開示に関するガイドラインに加え、グリーン、サステナビリティ、そしてソーシャルといった債券に関するガイドラインも発表した。また、全ての上場企業に対し毎年ESGに関する情報開示を義務付け、カサブランカ証券取引所と連携しESGインデックスを設定した。
ハヤート氏は「これらの取組みによって、明確な枠組みが設定され、市場に弾みがついたことから、数々のサステナブル・ファイナンス商品の発行が成功裏に進んだ。同時に、初期段階にある市場の発展に必要なグリーンウォッシングのリスク軽減も図ることができた」と語る。
また同氏は「現在、サステナブル・ファイナンスの枠組みは極めて包括的となっており、企業が該当債券を発行するのに必要な全てを網羅している」と語る。「今後AMMCは、市場の発展に寄与する地域のエコシステムの成長を促すべく、投資家に焦点を絞った能力開発と枠組みの構築に継続して取り組んでいく。サステナブル・ファイナンスの取組みには終わりがない。規制当局として我々は、サステナブル・ファイナンスの成長に適切な環境の整備に継続して取り組むべきであり、我々にゴールは存在しない。」
IFCの調査によると、新興国市場の都市部だけで、グリーンビルディングから電気自動車、気候変動対応型農業などの分野で、2030年までに気候関連の投融資を29兆ドル強を誘引できる可能性を秘めている。さらに、2020年から2030年の間に、21の主要な新興国の特定セクターへのグリーン投資に重点的に取り組むことで、累計で2億1,300万の新規の直接雇用を創出できる可能性があると試算している。
適切な規制環境の整備は、世界中で多くの雇用を創出し、貧困脱却と繁栄の共有を促すことで、全ての関係者に恩恵をもたらすことができる。
2021年11月
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