文:アリソン・バックホルツ
色鮮やかな路面電車が、カサブランカの街のヤシの木を揺らしながら通り過ぎ、大通りを横切って、アパートが所狭しと立ち並ぶ市街地を這うように進んでいく。このカサブランカの風景が、この都市が活気に溢れ、経済も好調であることを物語っている。
モロッコ最大の都市で、金融の中心地でもあるカサブランカでは、2012年に路面電車が開通し、住民や観光客、ここで働く人々の利便性が一段と高まった。通勤、買い物、観光などでモロッコの首都を自在に行き来することができるようになり、地域で、または世界的に事業を展開する企業を支えている。
一方で、カサブランカの人口は地方からの人口流入により膨れ上がっており、交通システムは都市化のスピードについていくのがやっとだ。そして、これが成長のブレーキとなる可能性があった。
旅行代理店に務め長年路面電車を利用している51歳のナディア・ハジュリは、路面電車について、混雑が激しくなるばかりで「遅れがでることが多い」と語る。最近の運行路線の変更に加え、乗客数の増加により、ナディアの通勤時間は以前より20分ほど長くなった。ナディアは毎朝、仕事に遅刻するのではないかと心配しながら通勤している。以前は路面電車に乗っている間は読書をしていたが、今では「乗り換えの接続や、電車が混雑していないか、時間通りに着けるかなどばかり考えている」と語る。
都市部の人口急増により、同地域における路面電車の新たな敷設は特に重要となっている。写真:Shutterstock
12の行政区の一つであるカサブランカ=セタット地方のムスタファ・バックーリ地域圏議会議長は、路面電車の輸送能力とサービス地域の拡大は、カサブランカの継続的な成長に不可欠だと述べる。
「カサブランカはモロッコの経済の中心だ」と同議長は語る。「公共交通機関と地方の道路網の拡大は、人と仕事そしてサービスをつなげ、地域格差を是正し、人々の生活の質を今後何十年にもわたり改善するだろう。」
これは、路面電車の最後尾に車両を2つ、3つ追加するような簡単な話ではない。実際、域内の成長を持続させるためのプロセスは、交通の中心地から遠く離れた地方政府からスタートした。ここで、モロッコの政府関係者とIFCは、2018年以降、路面電車全体と域内の地方道路網、さらには他のインフラ網の可能性も含め、これらを拡大するための改革の基盤と投資に適した環境の整備に取り組んできた。投資誘引のためのこの長期的取組みは、IFCが強力に推進する、世界の最も大きな開発課題の解決に民間セクターの解決策と投資をもたらす「アップストリーム(川上段階での取組み)」事業の特徴と言える。
こうした取組みは、街灯の整備や安全対策によって街の状況改善を図ると同時に、カサブランカの長期的な輸送ニーズを満たし、多くの人々の生活を改善する可能性を秘めている。
これらの交通網の拡大によってもたらされる恩恵は、現在はそれほど見えなくとも、資金調達の革新的なアプローチから、長期的に見れば地域により大きな価値をもたらすと評価される可能性がある。IFCは同地域において初めて、カサブランカ=セタット地方政府に直接1億ドルの長期融資を行った。通常の融資案件と異なり、この融資は国による保証を必要としない。これは、モロッコの地方市場が商業的な投資対象となり得ることを示し、世界の投資家に「青信号」を灯した。
変化のための環境を整備する
カサブランカの路面電車と道路に関する多面的なプロジェクトでは、革新的な試みが盛り込まれたが、初めから確実なものではなかった。IFCの基準を満たし、かつ今後民間投資を誘引できるようなプロジェクトとしてコンセプト化し、設計しなければならなかった。
IFCのプリンシパル・インベストメント・オフィサーであるマルコ・ゾルゲは、チームリーダーとして、カサブランカ=セタット地方との連携の初期段階である2018年後半からチームを率いてきた。「まさに長い旅だった」とゾルゲは振り返る。「モロッコの地方政府との連携は初めてで、IFCは、新たな顧客について理解を深めるとともに、アイデアを実際の収益が見込めるプロジェクトとして形にしなければならなかった。」
モロッコでの取組みは、地方政府が自立的に事業を進めるという点で実に画期的だと言える。2011年に改正された同国の憲法は、国と市民を結ぶ主な仲介者としての地方政府の重要な役割を明確にした。2015年の地方に関する基本法は、地方の行政とサービスの実施における地方政府の役割を明示している。まさに「先見の明」のある地域圏議会議長とともに進められたこの地方分権化こそが、当該地方に投資家を誘引する新たなアイデアを生み出す扉を開いたと、ゾルゲは語る。「このプロジェクトにより、モロッコにおいて地方政府によるノンソブリン案件の資金調達に新たな市場が開拓された。これは、現地への投融資に関する人々の考えを変える可能性がある。」
融資案件と共に、日本政府の資金拠出を受けるIFCの「シティ・イニシアティブ」に沿った助言プログラムも実施された。助言には、道路の建設及び維持に関する技術的な知見の共有や、IFCの環境及び社会的なガバナンス要件が確実に満たされていることを保証するための連携が含まれている。またモビリティ向上のため、IFCはエネルギー効率の高い街灯の設置など、域内での安全対策の強化も支援している。
域内の成長の持続に向けたこれらプロセスには、街灯の設置や安全対策なども含まれている。写真:Arne Hoel/世界銀行
長期的なビジョン
この野心的なプロジェクトの始まりは、モロッコ政府と世界銀行による、地方の開発強化のためのプログラムまで遡る。しかし、これら取組みはなかなか進まなかった。インフラ・プロジェクトへの商業ベースでの資金調達の前例はほとんどなく、地方政府に融資を行った経験のある公的機関はわずか1機関といった状況の中で、地方政府は新たな投資家を探していた。
IFCは、分析を進め、世界銀行と連携しながら、所管する大臣等の承認を得た後、国による保証なしで地方政府に融資する新たな資金調達のモデルを試すプロジェクトに取り掛かった。世界銀行は、継続的な連携が続く中、財政管理プロセスの改善でモロッコの地方政府を支援するプロジェクトを立ち上げた。その目的は、地方政府の透明性を強化し、商業ベースで資金を調達する能力を高めることにあった。
地方政府を対象とした融資プログラムは現在モロッコの他の地域でも検討されている。
「我々が取組むまで、モロッコでは地方政府に融資する商業銀行は皆無だった。しかし、今では彼らは前向きだ」とゾルジは語る。「これが、市場を拓くということだ。」
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2020年12月発行
本レポートはショーブナ・デクロイターの協力を得て作成した。